HakuTouGin

年來自分が考へた叉自分が多少實行し來りたる處世の方針は何處へ行つた。前後を切斷せよ、妄りに過去に執着する勿れ、徒らに將來に望を屬する勿れ、滿身の力を込めて現在に働けというのが乃公の主義なのである。                      「倫敦消息

2005/06/03

もうすぐ帰る

なぜ上の漱石を選んだかというと,いいことを言っているような感じながら,実際ぐずぐずな二年間を過ごして,なかば気を狂わして帰ってきたという皮肉な感じを込めて使ってるのだが,僕の場合はどうなのだろうか.気も狂わずに1年過ごしてきたのは確かだ.まあ,可もなく不可もなく,必要最低限自分に課したことは済ましたといったとこだろうか.今日で二人目の教授に推薦状を書いてもらう約束を取り付けた.僕は別にクラスで飛び抜けて出来てるわけでもないので,なんと書いてくれるのかはなはだ不安だが,まあ仕方ないだろう.僕のGPAを見る限り,まあ,別にどこの大学でも門前払いを食うことはないが,大事なのはやはり推薦状とサンプルペーパーだということを言われた.しかし,その推薦状になんと書いてもらえるかは予想もつかない,おそらく,ぼちぼちだ,と言われるだろう.もっと議論で印象づけることが出来ていたら,と思うが,なかなか難しい.徐々に徐々に議論することが出来るようになってきたが,まだまだ足りないし,早口になると聞き落とすこともある(とくに生徒).英語にはえんえんと悩まされ続けた.

偶然i-podに入っている,チャーチランドのレクチャー,40/40シリーズとかいってネットで見れるやつ,を1年ぶりくらいに聞いてみた.去年は何言っているのか分からなかったところが,今日ははっきり分かった.少しだけ慰めになった.

とにかくあと2年は欲しい.2年経って,例えばクラス全員を議論であっと言わせられなかったとしたら,才能がないということでとっととやめよう.しかし,こういった人文系phdというのは,沢山ある職種のうちの一つということを忘れてしまいがちになる.なんだか特別なことをやってる気になるし,なまじ片足を踏み入れると,途中から抜けるときに苦労する.結局偶然的に成立してきた教育機関の一部で,ちまちま小銭を稼いでいるということを心に留めないと.